月夜に笑う**れお**
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カテゴリ:思うこと( 52 )
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2015年 09月 25日 *
先日の姪の結婚式

お天気に恵まれ、出席者40名、親族、友達だけのシンプルでアットホームな良いお式でした。

面倒臭い会社関係者もいないし堅苦しい挨拶もなく、サプライズのお涙頂戴もなくて皆んなが笑顔。

両家とも父親不在の中、キャリアを積んだ二人のお母さんが何よりも素敵でした。

そして、ここまで女手ひとつで子供を育て上げた娘を支えたその母(祖母)たちも。




「小学生の時、父が亡くなり母が一人で私と妹を育てる中、私たちの送り迎えのためだけに新幹線で

通ってくれたおばあちゃん。

私たちに食べさせるためにと美味しい野菜やお米を作って送ってくれたおじいちゃん。

寂しい思いをさせないようにと、いつも気を配ってくれました。

心から感謝しています。ありがとう。いつも愛してくれて支えてくれてありがとう。」

姪のこの言葉に涙腺が不覚にも緩みました。

そして、その言葉に感動しつつ少しだけ違和感も覚えたのでした。





姪の父、夫の長兄は病に倒れ若くして他界しました。

姪たちは小学3年生と幼稚園でした。

義姉はもちろん、義母の悲しみも大変なものでした。

そりゃそうです。

大事な大事な初子、幼い頃から優秀で将来有望な自慢の長男でしたから。

何よりも誰よりも幾つになっても自分のお腹を痛めた3人の息子たちを溺愛した義母でした。

病床の息子と代われるものならすぐにでも代わりたいと心から願っていたはずです。

我が子に先立たれるほど辛いことは、親にとってないのですから。

命に代えても守りたいもの、それが子供です。

その義母もまた病に苦しむ息子のために毎日新幹線で病院へ通ったのです。

そう、毎日。毎朝一番の新幹線で東京まで行き、最終の新幹線で帰ってきました。

義兄が亡くなるまで1日も欠かさずです。

当時義父は税理士として仕事をしつつ、かつ透析中ということもあり

健康管理、食事の管理が欠かせませんでしたから、責任感も気も強い義母は一人頑張ったのでしょう。

誰がどんなに手を差し伸べようとしても、その手を握ろうとはしませんでした。

頭の中は息子でいっぱいだったと思います。

幼い孫たちへの思いはもちろんあったでしょうが、その時の義母は息子のことしか考えられませんでした。

もうすぐ自分の手の届かないところへ逝ってしまう息子のそばにいたい、出来ることなら渾身の力で引き止めたい。

その一心だったと思います。

その代わりに義姉の実家のご両親が、義姉や姪たちのケアに回ってくれたのだと思います。

そんな日々が1か月も続いたでしょうか・・・そして義兄は逝きました。

幼い娘たちに心を残して。





娘の生んだ孫は殊の外可愛いと言います。

娘もまた、義理の両親よりも実家の親が良いに決まっています。

そんな母を見て育った子供は、もちろん母方のおじいちゃん、おばあちゃんにより懐きます。

早くに父親を亡くした幼い孫たちを義姉のご両親はそれはそれは慈しみました。

その想いには敵わないかもしれませんが、夫の義父、義母もまた幼い孫たちを常に気にかけていました。

季節になれば果物など欠かさず送り、お小遣いを送り、入学祝い、卒業祝いも過分に包んでいたものです。

夏休み、冬休み、春休みになれば働く義姉に代わって孫たちの面倒を見たりもしました。

特に義母は、息子の病は自分の家系のせいだと人知れず気に病んでもいたのです。

「義姉、孫たちに申し訳ない」と。

人一倍負けん気が強くプライドも高いため口にこそ出しませんでしたが、ふとした折に漏らしたものです。

そんな義父、義母の姿を間近で私は見て来ました。

そして義父は15年前に、義母は今年の3月に、愛する息子の元へと旅立ちました。





姪の思いは分かります。

育つ幼心に母方のおじいちゃん、おばあちゃんの涙や優しさは暖かく沁みていったことでしょう。

父のいない寂しさ、心細さを柔らかく埋めてくれたことでしょう。

ありがたいよね。

でもね、少しで良いから思い出して欲しかった。

お父さんの方のおじいちゃん、おばあちゃんも、どれほどあなたたちのことを愛したか。

孫たちの結婚をどれほど楽しみにしていたか。

あちらのおじいちゃん、おばあちゃんに感謝をした後でいい。

たった一言で良いから私は言って欲しかった。

天国のおじいちゃん、おばあちゃんにも「ありがとう」と。

そこに私は少しだけ違和感を覚えたのです。






これって、違いますか?

余計なお世話でしょうか・・・
















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2014年 03月 05日 *
全国区の某新聞社記者のご母堂様が亡くなり、会葬のお礼状を頂きました。

その文章が故人のお人柄を偲ばせる、とてもいい文章だったので

ここに記録しておくことにします。





「お世話になった皆様へ  心より感謝申し上げます」

物を書いたり読んだりすることが好きな母でした。

特に文芸評論や詩に関しては随分長い間たしなみ

心に浮かぶ思いを文字で綴っておりました。

遺された作品のひとつひとつが母の生きた証です。

私達を育て、孫達の成長も見守り

ここまで頑張りぬいた母の惜しみない愛情と努力を思えば

感謝の言葉しかありません。

母○○○○子は、2014年2月○○日、満86歳にて生涯に幕を下ろしました。

出会い、ふれあい、母の人生に豊かな彩りを添えてくださった皆様へ

生前に賜りましたご厚誼に深く感謝申し上げます。(原文のママ)






葬儀社からの雛形そのままなご挨拶状が多い中で

自分の言葉で綴るご挨拶状でした。

簡潔な文章の中に故人への深い愛情と尊敬が散りばめられ

文学に造詣の深かった在りし日のお姿が浮かび上がって来るようで

素直にいいなと思ったのでした。

さすが、この母上にしてこのご子息です(合掌)












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2013年 12月 28日 *
2013年ももうすぐ終わり。

早いものです(しみじみ)

今年は父の葬儀に始まり、春には義母の脳梗塞→特養への入所と

じぇじぇじぇ!・・・なことが多かった一年でした。



一人になった母のために毎月の帰省は恒例となり

何とも腰の落ち着かない一年でもありました。

途中東京駅周辺でウロウロ息抜きすることも覚えました。

ちなみに八重洲側より丸の内側が好みです。



でもって一週間ほど実家で過ごし自宅に戻ると心底ほっとする。

玄関を開けた途端に脱力します。

実家は実家でいいんだけどね、うん。

でもやっぱり夫の側が、自分の家が一番いいと思う。

自分の居場所はここなんだと改めて思います。

やはり野に置け蓮華草。



ジムへ行ったり、ランチしたり、たまに温泉へ行ってみたり

好きなだけ本を読んでゴロゴロして、昼寝して映画も観て。

夫の側で、自由気ままに好きなことをして過ごす日々がとても楽しい。



来年も、このささやかな幸せが続きますように。

ワタシに繋がる人たちが、みな健やかでありますように。

世界が平和でありますように。

そんなことを願いつつ、今年最後のブログに致します。

良いお年をお迎えくださいませ。










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2013年 12月 27日 *
突然ですが

ワタクシは平成元年〜平成3年辺りの記憶が飛んでいます。

例えば当時巷では随分流行ったらしい

「101回目のプロポーズ」とか「東京ラブストーリー」とか知らなかったり

リアルタイムで尾崎豊を聞いていなかったり。

プリプリやwinkが流行ったのもこの頃だったそーで。

覚えているのは「一円玉の旅ガラス」とか「にこにこぷんのじゃじゃまる」とかそんなもん。

未だに口ずさめる唯一の曲が

MiーKeの「思い出の九十九里浜」だってことが判明したときは軽くショックでした。

なんでやろ?

世の中は未だバブルの余韻を引きずっている頃だったと思います。

では

ナンでこの時期の記憶が飛んでいるのか。

それは、怒濤の子育てが故のことであります。

そう、平成元年に娘を産んでからの3年ほどは、まさに無我夢中。

テレビを観たり音楽を聴いたりする余裕なんて無い無い。

ダイエットのダの字も思い浮かばなかった、あの頃のワタシ。

だから24年間おでぶのまんま(違!)

でも、今まで生きて来た中で一番幸せな時間だったかもしれません。

そして、そんな自分を

記憶が飛んでる自分を

自分で褒めてあげたいと、今更ながら思うのであります。



でもって、こないだジムでそんな話をしていたら

「ワタシも」、「ワタシも」って言う人のナンと多いことか。

記憶をなくしたおかあさんたちって、ホント素敵(はあと)

健気だわ(ぷち感動)












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2013年 11月 28日 *
ジムに、変な人がいました。

いわゆるKY?

口を開けば『息子が息子が』

勝手に人の会話に食い込んで来て『息子が息子が』で鼻高々。

例えば「ホワイトソースはタマネギを炒めながら作ると簡単」とか

他愛無い話をしているところにいきなり入って来て

「昨夜は息子のお迎えで大変だった」とか。(はあ?)

「あそこのパスタはイマイチだよね」とか話してると

「息子の洗濯物はガサがあって大変(喜々)」とか。

脈絡も何もあったもんじゃない。

うぜー!

何でも一人息子だそーで、可愛くて可愛くてしょーがない感じ。

30近いいい大人なんだけどね、その息子。

前々から変な人だなって違和感はあったけど

でもね、ま、それも個性かって思ってた、ちょっと前までは。

KYで、強引に話題をさらってしまって自慢話にしちゃうとこなんか

お局さまに被ってるなー、とか(ここまでは余裕)



でもって、その溺愛息子にヨメが来たんだそーだ。

そしたら壊れた。いきなり壊れた。

あっちでこっちで、色んな人に迷惑かけて摩擦起こしてヤバい感じに。

あかんやろ。

完璧、鬱やね。

あまりにも酷いので、さすがにジムの方から注意勧告出ましたわ。

それでも休まず、薬飲みつつフラフラしながら出てました、

フラダンスとかベリーダンスとか。

目がイっちゃってて精神状態が普通じゃないって、よく分かるんですわ。

イタいイタい。

そしてついに反社会的事件勃発!(あちゃー)

すったもんだあって、ついに退会命令が出てしまったのでした。

お気の毒。



それにしても息子は可愛いって言うけど、どーなん?

ウチは娘しかいないので、よう分からん。

ここまで行くとビョーキやね?



今、ジム内は何ごとも無く穏やかに平和に回っとります。

やれやれ。









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2013年 10月 31日 *
何か辛いことがあったとして、苦労することがあったとして

「○○さんに比べれば、まだまし・・・」

とか

「もっと大変な人も居るのだから」

とか

自分の不本意、不幸を誰かのそれと比べるのは違うと思う。

自分の辛さを自分で処理出来ないうちは

決して浮上出来ないと思います。

悩んで、苦しんで、のたうちまわって自己消化する。

処方箋はこれしかないのだよ。

きれいごとでは済まないのだ。



誰かを、何かをボーダーラインにするのではなく

常に上を目指しつつ

自分の足下を踏み固めながら生きなさい。

ダメダメなことも、いつか実になる役に立つ。

人生に無駄はないのだよ、君。

娘に、先日そう言いました。

色々悩めるお年頃だそーです。

ちなみに母の消化法はひたすら寝ることであります(ワハハ)






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2013年 10月 03日 *
またまたすっかりの放置プレイ。

約半年ぶりですわね、おほほほ。

ご無沙汰しました、御機嫌よう。。。

って、誰もおりまへんがな、あんた。

いやいや、元気でやっております、ご心配ねぐ。



まあね、色々揺れるお年頃だからね。

気分が乗ったり乗らなかったり、気紛れなのよ。

テーマとかジャンルとかも特にないしね、ここ。

料理は食べるの大好きだけど、作るのはイマイチ得意じゃないし。

自分の中では美味しくても他所様にお見せするほどのセンスもなし。

何よりかにより、我がブログのアイドルを永遠に失ったことが

今さらだけどイタいのである。

話題にこと欠きゃパッチを出しとけ(みたいな?)





彼の存在は大きかったと、彼と同じ体型の稲荷さんをつまみながら

改めて実感している次第でございます(シクシク)



閉鎖もちらっと過ったけど、これからあちこちお出かけの予定もあるし

記録の意味も兼ねて放置しとこか置いとこか、ってことで

以降ここは限りなくワタクシ用と致します。

ええ、吐き出しますわ書きますわ、自分のために。

行ったとこ、思ったことのあれやこれ、それやこれ。

よって「言葉遣いが悪い」とか「マナーが悪い」とか

「育ちが悪い」とかのクレームは一切お断り致します。

以前もそのような五月蝿いご意見を頂戴しましたが

以後も徹底的にスルー、さくっと削除させて頂きますので。

どーぞ、おがまいねぐ。

ホント、かまってられますかいな、そんなもん。







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2012年 02月 20日 *
先日、仕事で東京に行く妹と二人ランチした時のことであります。

丁度お昼時

丸ビルにあるイタリアンバールで美味しいパスタを食べ終わり

さて、腹ごなしにとビル内をブラブラしていたら

各フロアに点々と置いてあるソファのあちらやこちら

どこもかしこもスーツ姿のオヤジだらけ。

しかもどなたも瞑想中?

静かに目を閉じていらっさる。

あるポイントではソファにだらしなく寝そべったりとか。

その姿が檻の中のチンパンジーにも重なって

ここは丸ビル動物園か?と思ってしまったほど。

ああ、この人たちはきっと家族のために

往復一時間も二時間もかけて通勤してるんだろうなと

ちょっと切なく痛々しく感じました。



そんな同年代のオヤジたちを見るに忍びなく

河岸を変えて新丸ビル地下に移動してみれば

そこはランチを目指す、あるいは終わった人たちで大混雑。

まるで民族大移動。避難民か?

地方だったらお祭りの人出と思われる。

大地震なんか来た日にゃ、阿鼻叫喚の騒ぎだべなと思った次第。



スーツを肩に引っ掛けて爪楊枝咥えるオヤジとか

財布片手のOLとか(こちらは悲壮感ナッシング)

絵に描いたような都会のランチ風景。

こりゃたまらんと上の階に逃れれば

そこは丸ビル同様ソファで瞑想爆睡中のオヤジたち。

あのぉ。。。空いてるソファひとつもないんですけど?



ちょっとこの人たち、大丈夫か?命縮めてないか?

って、まぢ心配になっちゃった。

と同時にこの中に♪ワタスの大事な旦那さまがいないことに

ホッと安堵したのであります。

だってこんな夫の姿を見るのは辛い、偲びない。

もしもここに可愛い息子がいたら(いないけど)

母としてはとっても悲しい。

こんな姿になるためにお前を育てたんじゃないよと言いたい気持ち。

ご苦労さん、もういいよ、帰っておいでと言いたいです( ; ; )



家から車で十分通勤でさえ遠いと言うとうちゃん、贅沢!

そんなとうちゃん、昨年から頻繁な東京出張でこちらも少々お疲れ気味。

その上さらに大混雑の東京駅で毎回千疋屋の杏仁豆腐を買わされております。

モミクチャになりながら、ぷ!( ̄w ̄)←鬼ヨメ








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2012年 02月 17日 *
毎年この時期、唐突に思うことがあります。

それは「あ、今日で冬が終わったな」ってゆーこと。

今年は実家から戻った火曜、新幹線を降りた途端にそう思いました。

もちろん寒かったし、夜は雪がちらついたけど

風の匂いとか、陽射しの具合とか、皮膚の感覚とか

言葉にし難いものがビミョ~に違う。

この先まだまだ寒い日もあるだろうし、雪も降るだろうけど

それはこれまでとは違う季節の感じ。

冬のピークとは違うんだ。

これから先はどんなに降っても春の雪。

余裕を持ってWelcome♪~(^。^)

三歩進んで二歩下がりつつ

ゆっくり春に向かって行くんだね(♪ワンツーワンツー)







話戻って

今回の帰省は妹の結婚式の打ち合わせのためだったのでした。

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限りなくワールドワイドな仕事を持つ妹夫婦が選んだのは略式和装の挙式で

こんな感じ(※画像は妹夫婦ではありません)

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列席者は親兄弟のみで

3月吉日、結婚2年目にしてやっと神様にご報告と相成ります。

妹夫婦の末長い幸せを木花之佐久夜毘売命に願いつつ(祝)









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2012年 01月 22日 *
過日のこと。

仕事絡みで野田さん、谷垣さんなど各政党執行部と直で言葉を交わす機会があった夫。

その時のお話であります。



名刺など交換しつつ

どの方々もまずは判で押したように「この度は大変なことでした」から始まったと言う。

もちろん原発である。



一人だけそんなことは念頭にもない方がいたようで。

それは、自民党の谷垣さん。

言わずもがな原発をここまで推進してきた党のトップである。

その彼は、口を開けば「政権奪還」。

この非常時に「選挙、選挙、選挙」で頭の中はいっぱい。

「第一党に返り咲く」ことしかないようだ。

選挙をやりさえすれば勝つと思い込んでいる根拠レスのノーテンキさで

周囲はビミョ~な薄い笑いの膜に包まれていたといふ。

原発によるこの惨状を招いた党としての自覚、反省は皆無であったそーな。

最悪なのは与党に返り咲いた後のビジョンが一切ないということだとか。

この国をどこへ導きたいのか、彼の口からその言葉が語られることはなかったらしい。

でもその前に彼がしなければならないことは、まず謝罪でしょ?

そして民主と力を合わせてこの国難を乗り切ること。

選挙なんかやってる場合じゃないだろうに。

自分の足で被災地を回れば、しっかり目を開いて仮設住宅を回れば一目瞭然。

それが分からなければ胸のバッジを外すしか無かろうよ。



決して民主がいいとは言わないさ。

金まみれのドンが睨みを利かすこの党に好感を持つものでは決してない。

アレは民主の癌であるとさえ思う。癌はさっさと切除が原理原則。

それでも谷垣さん率いる自民よりはマシと今は思う。今はね。

思わざるを得ないじゃんね?

だってこの国の各政党、選ぶったって消去法しかないのが現状だべさ。

情けないやねぇ(とほほ)



唯一光を見出すとすれば、大阪は橋本さん率いる維新の会か?

ブルドーザーのような破壊力が、いっそ好ましい。



今回出席した中で、一番私たち庶民に近い感覚を持っている政治家がいるとしたら

「今は選挙なんかやってる場合じゃないでしょう」

と言ふ国民新党亀井さんだろうなとは、夫の弁。

「谷垣さんも人は悪くないんだろうけどなぁ」って。

ふんふん。

人の良さだけで一国のリーダーが務まるほど政治の世界は甘くないってことだわよ。

挫折を知らないエリートって・・・イタイ(><)








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